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幸せをグラデーションで見るということ
この記事を読み終わるころには、
- 物事を「楽しい/楽しくない」「幸せ/幸せでない」の二択で判断してしまうクセに、少し気づけるように。
- 「ちょっとだけ楽しい」「まあまあ幸せ」といった、グラデーションの感じ方を自分に許す視点を持てるように。
- 日常の中で、“ゼロか100か”ではない受け取り方を増やすための小さなコツを、いくつか持ち帰ってもらえることをゴールにしています。
― 「楽しかった?」「うーん、微妙…?」の裏側で
日常会話を思い出してみると、こんなやりとりはよくあります。
- 「今日どうだった? 楽しかった?」
「うーん…まあ、楽しかったかな」「正直、微妙だった」 - 「あの仕事、満足してる?」
「うーん、満足ってほどじゃないかな」 - 「今、幸せ?」
「幸せって言えるほどではないけど、不幸ってほどでもない」
本当は、
- ちょっとだけ嬉しかったこと
- まあまあ楽しかった瞬間
- じわっとありがたさを感じた出来事
など、「0でも100でもない」感覚がたくさんあるはずなのに、
気づけば会話の中では、
楽しい/楽しくない
幸せ/幸せでない
のような二択のことばでまとめてしまいがちです。
以前、こんな投稿をしました。
楽しい/楽しくない。幸せ/幸せでない。
物事を二極化して評価すると、
少し楽しい、少し幸せといった、実は価値ある感じ方や出来事を見逃しやすいように思います。
二極化せずグラデーションで捉える習慣が付くと、
様々な場面で新たな気付きが生まれてくるのではないかなあと思います。
今日は、この内容を少し深く掘り下げていきます。
少し、ご自身の最近のことと照らし合わせながら読んでみてください。
- 「楽しかった?」と聞かれると、
「うーん、そこまででも…」と答えてしまい、
なんだか“楽しくなかった側”に自分を置くことが多い。 - 仕事や生活について「幸せ?」と聞かれると、
「いや、幸せってほどでは…」と感じてしまい、
自分は今あまり幸せじゃないのかもしれない、とぼんやり思う。 - 1日を振り返ったとき、
「特別いいこともなかったし、別に普通」とまとめてしまって、
その中にあったはずの小さな喜びが、あまり記憶に残らない。
こういうことが積み重なると、
「自分の毎日は、大して楽しくないのかもしれない」
「自分は、そんなに幸せな方ではないのかもしれない」
という感覚が、少しずつ自分の中の“設定”になっていきやすくなります。
もう少し別の角度から見ると、こんなことも起きてきます。
- 「楽しい」側に入れるほどではない出来事を、
すべて「楽しくない」と同じグループに入れてしまう。 - 「すごく幸せ」と言い切れない自分は、
「じゃあ幸せじゃないのかな」と感じてしまう。 - 0か100かで考えるほど、「まあまあ良かった」「わりと嬉しい」といった
“真ん中の領域”にある感情の価値を見落としてしまう。
その結果、
- 「自分の人生、思ったほど楽しくないのかもしれない」
- 「日常には、ほとんど良いことがない」
と感じやすくなり、
実際には存在していた「少しの楽しさ」「少しの安心」「少しの幸せ」が、
心の中でカウントされにくくなってしまいます。
ここで、先ほどのツイートに戻ります。
物事を二極化して評価すると、
少し楽しい、少し幸せといった、実は価値ある感じ方や出来事を見逃しやすい。
二極化せずグラデーションで捉える習慣が付くと、
様々な場面で新たな気付きが生まれてくる。
心理学的な言葉を使うと、「二極化思考」「白黒思考」「0か100か思考」と呼ばれるものがあります。
これは、認知行動療法(CBT)などで扱われる「認知のクセ(認知の歪み)」の一つです。
● 二極化思考って?
- 「成功か失敗か」
- 「好きか嫌いか」
- 「役に立つか、意味がないか」
といった形で、物事を両極端な二つに分けてしまいやすい考え方を指します。
二極化思考が強いと、
- グレーゾーンのもの(「まあまあ」「そこそこ」「悪くはない」など)が見えにくくなる
- 「十分に満足できる状態」以外は、すべて「ダメなほう」に分類されやすくなる
という特徴があります。
● グラデーションで捉える、という発想
そこで役に立つのが、「グラデーションで捉える」という発想です。
- 楽しさを、0〜10の間のどこかに置いてみる
- 幸せを、「まったくない〜ものすごく強い」の間のどこかに位置づけてみる
「楽しい/楽しくない」「幸せ/幸せでない」の二択ではなく、
「ちょっと楽しい」「だいぶ楽しい」「まあまあ幸せ」「今は少し足りないけれど、ゼロではない」
といった濃淡(グラデーション)として見てみる習慣がつくと、
- 日常の中にある「少しの楽しさ」「少しの満足感」を拾いやすくなり、
- 「自分の人生には良いことが少ない」という感覚が、少しだけ変わってくる可能性があります。
長く、しなやかに生きていくにあたって、これって凄く大切なスキル・習慣だと強く思っています。
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ここからは、「二極化」から「グラデーション」にシフトしていくための、
現実的で簡単なステップをいくつかご提案します。
① 「楽しかった?」「幸せ?」と自分に聞くとき、数字を足してみる
一日の終わりや、何か出来事があったときに、
「楽しかった?」「幸せだった?」
と自分に質問する代わりに、
「0〜10のうち、どれくらい楽しかった?」
「0〜10のうち、どれくらい幸せを感じた?」
と、数字を一つ添えて考えてみるのがおすすめです。
例:
- 「今日は3くらいは楽しかったかも」
- 「幸せ度は、7とまでは言わないけど、4〜5くらいかな」
数字にすることで、
- 「楽しくなかった」=0
- 「すごく楽しかった」=10
だけではなく、「3〜6くらいのあいだ」にある感情を、ちゃんと“存在しているもの”として扱いやすくなります。
② 日記やメモで「少し楽しかったこと」を一つだけ書き出す
毎日でなくても構いません。
ふと余裕がある日に、
- 「今日、少しだけ楽しかったこと」
- 「ちょっとだけホッとした瞬間」
- 「じわっとありがたいと感じたこと」
を、一つだけメモに残してみてください。
例:
- コーヒーがいつもよりおいしく感じた
- 通勤中の空がきれいだった
- メールの返事が思っていたよりやさしかった
「大きな幸せ」ではないけれど、
“ゼロではなかった幸せ”を言葉にする練習になります。
③ 誰かと話すとき、「どちらか?」ではなく「どのあたり?」と聞いてみる
人との会話でも、二極化をゆるめることができます。
- 「楽しかった?」ではなく
→ 「どのあたりが楽しかった?」 - 「仕事、満足してる?」ではなく
→ 「満足度で言うと、何割くらい?」
といったふうに、濃淡や部分をたずねる質問に変えてみる。
これは、自分自身にも効いてきます。
- 相手の答えを聞きながら、
「あ、自分も“まあまあ楽しかった”という表現でいいのかもしれない」と、
グラデーションで話していい許可が、少しずつ自分にも下りてきます。
● Summary
- 「楽しい/楽しくない」「幸せ/幸せでない」と二極化すると、
「少し楽しい」「少し幸せ」といった大事な感情を見落としやすくなる。 - 心理学では、こうした「0か100か」の考え方を、
認知行動療法の中で二極化思考(白黒思考)として扱ってきた。 - 大切なのは、「どちらか一方」に決めてしまうことではなく、
楽しさや幸せを“グラデーション”として見てみる視点を育てること。 - そうすると、日常の中にある小さな喜びや安心感を、
少しずつ拾い上げられるようになってくる。
楽しいか/楽しくないか。幸せか/幸せでないか。
その二択のあいだには、本当はたくさんの色や濃さがあります。
このブログやチル散歩の時間が、
あなたの毎日の中にある「少しの楽しさ」「少しの幸せ」を、
そっと見つけやすくするための、静かなきっかけになればうれしいです。
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