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この記事を読み終えたとき…
日常の中にある「増えたもの」と「減ったもの」
日々の生活を振り返ると、「新しく増えたもの」と「いつのまにか減っていったもの」が、たくさんあります。
- 仕事の責任が増える一方で、自由に使える時間が減っていく
- 新しいスキルや知識を身につける一方で、以前のやり方や価値観を手放していく
- 家族や人間関係が広がる一方で、一人で好きなように動ける身軽さは少しずつ薄れていく
どれも「良い・悪い」で簡単に割り切れるものではなく、
嬉しさと寂しさ、安心感と窮屈さなど、複数の感情が同時に存在することも多いはずです。
こんなモヤモヤはありませんか?
少し、自分ごととして思い浮かべながら読んでみてください。
- 何かを「手に入れた」はずなのに、心のどこかで喪失感が残っている
- 新しい環境に慣れてきた一方で、前の自分や前の生活が遠ざかっていくように感じる
- 成長といわれる変化の中で、「あの頃の自分にはもう戻れない」とふと切なくなることがある
そのとき、
- 「せっかく成長しているのに、こんなふうに感じるのはおかしいのでは?」
- 「前を向かなきゃいけないのに、昔を惜しんでしまう自分が情けない」
と、変化についていこうとする自分と、
変わりたくない自分とのあいだで、静かな葛藤が生まれることがあります。
「成長しているのに、なぜこんなに寂しいのか?」
視点を変えて眺めてみると、こんなことも起こっています。
- 新しい役割を引き受けることで、以前の自分の在り方やペースとは違うリズムで生き始める
- 便利さや効率を求めた結果、時間をかけていた小さな楽しみが少しずつ減っていく
- 新しい価値観を知ることで、かつて大切にしていた考えが色褪せて見え、居心地の悪さを感じる
いずれも、「前進している」「発達している」とも言える変化です。
同時に、「あの頃の自分」や「あの環境」とは別れつつある、という側面も含んでいます。
この「獲得」と「喪失」が同時に起きている感覚は、
嬉しさと寂しさが混ざった、少し複雑な心の揺れを生みやすくなります。
発達は「獲得」と「喪失」の連続、という視点
Paul Baltes の発想から
心理学の中には、人の発達を「増えていくこと」だけで捉えない考え方があります。
その中で、
「発達とは、獲得と喪失のプロセスがつねに混ざり合って進んでいく」という見方があります。
この考え方では、
- 何かを新しく身につけること(獲得)
- その裏で、以前当たり前だったことを手放したり、変化させること(喪失)
この二つは、対立するものではなく、
発達という一つの流れの中に同時に存在する、と捉えます。
例えば、
- 自立が進むことで、誰かに全面的に頼る感覚は減っていく
- 経験を積むことで、世界をシンプルに信じる感覚は少しずつ薄れ、代わりに複雑さを理解できるようになる
- 新しい文化や価値観を受け入れることで、従来のやり方に対する迷いが生まれる一方、選択肢は広がっていく
どれも、喜ばしい面と、惜しみたい面が両方あります。
発達を「獲得だけの物語」として語ろうとすると、この喪失の部分がこぼれ落ちてしまいます。
けれど、「喪失が起きているからこそ、新しい獲得が生まれている」と見ると、
今感じている複雑な気持ちにも、少し違う意味が見えてくるかもしれません。
今日から試せる「獲得と喪失」を見つめる小さな工夫
ここからは、「増えたか/減ったか」といった二択ではなく、
その両方をゆっくり見つめるための、小さなヒントを紹介します。
いま経験している変化に、「増えたもの」と「減ったもの」を両方書き出してみる
最近の変化を一つだけ選んで、
- その変化によって「新しく得られたもの」
- 同時に「少し減ったり、手放すことになったもの」
を、それぞれ数個ずつ紙に書き出してみます。
たとえば、
- 得られたもの:経験、知識、人とのつながり、安心感 など
- 減ったもの:自由時間、身軽さ、迷いの少なさ など
どちらが正しいかを決めるためではなく、
「両方とも、この変化の一部なんだな」と静かに眺めるための作業です。
喪失感を覚えた時、「その奥にある芽」をそっと探してみる
何かを失ったと感じたとき、その直後は無理に意味づけをしなくて大丈夫です。
少し時間がたってから、余裕があれば、こんな問いかけをしてみてください。
「この喪失の中に、ゆっくり育ちつつあるものは何だろう?」
例えば、
- 自分の限界や弱さを知ることで、人のしんどさに前より寄り添えるようになった
- あるやり方に行き詰まったことで、別の選択肢を探す視点が生まれた
- 手放したからこそ、いま目の前の小さな楽しみに気づきやすくなった
すぐに答えが出なくても構いません。
「喪失の中にも、いつか芽に気づく日が来るかもしれない」と、
可能性として心のどこかに置いておくことが大切です。
他者の変化を見たとき、「その人が手放したもの」にも想像を向けてみる
身近な人の変化を見たとき、
「うまくいっている」「成長している」側面ばかりに注目しがちです。
そこに少しだけ、
「この変化の裏で、その人は何を手放してきたのだろう?」
と想像を添えてみます。
それは、
- 時間かもしれません
- 以前の安心できるパターンかもしれません
- もう戻らない「昔の自分」かもしれません
そんなふうに見つめることで、自分にも他者にも、
少しだけやさしい眼差しを向けやすくなります。
Summary
- 人の発達や成長は、「何かを獲得すること」だけでなく、「何かを喪失すること」といつもセットになっている。
- 新しい役割やスキル、価値観を手に入れるとき、その裏では、以前当たり前だった自分の在り方や生活の一部を手放していることがある。
- 発達の理論の中には、この「獲得」と「喪失」が混ざり合いながら進んでいくプロセスに注目する考え方があり、喜びとさみしさが共存する感覚も、その一部として理解できる。
- 「何を得たか」だけでなく、「何を手放してきたか」「その中から何が育ちつつあるか」に目を向けることで、自分の変化や他者の変化を、少し柔らかく受け止められるようになるかもしれない。
このブログやチルな時間が、
- ただ前に進まなきゃ、と自分を急かすだけでなく、
- 失ったものを惜しむ気持ちも、そこから生まれつつあるものも、両方抱えたまま進んでいく感覚
を静かに支える場所になれば嬉しいです。
今日から試せる小さな一歩
- 最近の変化を一つだけ選び、「増えたもの」と「減ったもの」をそれぞれ3つずつ書き出して、どちらもこの変化の一部だと眺めてみる。
- 喪失感を覚えた出来事について、「その中に、いつか気づけるかもしれない芽はあるだろうか?」と、一度だけ自分に問いかけてみる。
- 人の「うまくいっている部分」を見たとき、「そこに至るまでに、その人が手放してきたもの」にも、そっと思いを向けてみる。
- 一日の終わりに、「今日手に入れたもの」と「今日少し手放したもの」を一行ずつメモに残し、自分の発達を「獲得だけの物語」にしない習慣を作ってみる。
- 「変わってしまった自分」を責めるのではなく、「その変化の中で、何が育っている途中なのか」を、ゆっくり確かめていく視点を心の片隅に置いてみる。
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