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この記事を読み終えたとき…
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- 「自分なりに心理を考えるなんて、素人っぽいかな」という遠慮が少し緩みます。
- 日常の「こうかな?」「ああかな?」という気づきが、立派な“素朴心理学”として、研究や社会の発展にも繋がり得ると知ることができます。
- SNSを、ただの情報の海としてではなく、「自分や他者の気づきを持ち寄る実験ノート」として使うための小さなヒントを持ち帰ってもらうことを目指します。
読むだけで終わらせず、
日常の観察を少し楽しみたくなった方へ。
本文の最後に、
「心理学の見方を広げてくれる書籍を3冊ご紹介します」。
日常の「これって、どういう心理なんだろう?」は立派なテーマ
ふだんの生活の中で、こんな瞬間はないでしょうか。
- 「どうして日本人って、あの場面で空気を読むんだろう?」とふと考える
- 「あのとき自分がイラっとしたのは、相手の言い方?それとも自分のコンプレックス?」とぐるぐる考える
- ニュースやSNSを見ながら、「人はなぜ、ああいう場面であの選択をするんだろう」と気になってしまう
こうした、「こうかな?」「ああかな?」と自分なりに心の動きを推理してみる営みは、
心理学では「素朴心理学(folk psychology)」と呼ばれることがあります。
専門的な検証はまだしていない“素朴な仮説”であっても、
そこから本格的な研究テーマが生まれていくことも、実は少なくありません。
こんなモヤモヤ、抱えていませんか?
- 自分なりに心理を考えるのは好きだけれど、「専門家でもないのに、こんなこと言っていいのかな」と不安になる
- SNSで心理っぽい話題を見るたびに、「自分の考えなんて浅いのでは」と感じてしまう
- 日常の気づきをメモしたり投稿することがあるが、「これはただの独りよがりなのでは」と迷う
- 心理学の本・情報に触れるたび、日常で感じてきたこととどこか繋がる気がする一方で、「ちゃんとした言葉にできない自分」に少しがっかりする
「素朴な気づき」と「専門的な心理学」。
そのあいだの距離をどう扱えばいいのか、迷う場面は多いかもしれません。
情報の海の中で、「考える力」が縮こまってしまうとき
もう少し別の角度から見てみると、こんなことも起きているかもしれません。
- SNS上には「心理学っぽい」情報があふれていて、「結局どれが本当なのか分からない」と混乱する
- 断定的な言い切りやキャッチーな言葉が多く、「自分の“まだ途中の考え”は出しづらい」と感じる
- 自分の違和感や問いよりも、「いいねが付きそうな表現」が優先されてしまい、どこか空虚さを覚える
- 知識のある人の投稿を見るたびに、「もう考え尽くされているのでは」と感じ、自分が考える余地がないように思えてくる
こうした状況が続くと、本来人が誰でも持っているはずの
「これ、何だろう?」
「自分なりに考えてみたい」
という心の動きが、少しずつ縮こまってしまうことがあります。
でも本当は、その素朴な問いこそが、心理学の入口であり、
研究や社会の理解を前に進めるための、大事な「タネ」でもあるのです。
素朴心理学って?日常の経験から始まる“こころの仮説づくり”
ここで、今回のテーマを少し整理してみます。
人はだれでも、日常の中で自然と「心」について考えています。
・「あの人は今こう感じているのかも」
・「自分があんな反応をしたのは、きっと○○だからだ」
・「あの行動って、こういう心理の表れじゃないかな」
こうした、自分や他者の心の動きを、経験から推測していく営みを、
素朴心理学(folk psychology)と呼ぶことがあります。
そこには、いくつかの特徴があります。
- 生きてきた経験や文化の中から生まれてくる、日常に根ざした“こころの仮説”である
- 厳密な調査や統計は経ていないけれど、生活実感としての「分かる」が詰まっている
- 研究者がテーマを見つけるときのヒントにもなりうる
実際、多くの心理学研究は、
「どうして人は、あの場面でああ振る舞うのだろう?」
「自分のこういうクセには、何か共通の理由があるのでは?」
といった素朴な疑問から出発しています。
専門的な心理学は、その素朴な仮説を
・言葉としてもう少しはっきり整理し
・調査や実験で検証し
・どこまで一般化できるかを確かめる
というプロセスを経て、形にしていく営みとも言えます。
その意味で、日常の「こうかな?」「ああかな?」は、
心理学の“手前にある力”として、とても大切なものなのです。
つまり、X(旧Twitter)のような場は、
人それぞれの素朴心理学が、たくさん行き交っている場所でもあります。
・自分の体験からの気づき
・他者への共感から生まれた言葉
・文化や社会についての「これって不思議だな」という視点
こうした一つ一つが、社会全体の「考える土台」を少しずつ豊かにしていると言っても、大げさではないのかもしれません。
今日から試せる小さな一歩
ここからは、素朴な気づきを「ただの独り言」で終わらせず、
自分なりの心理の視点として育てていくための小さなステップをご紹介します。
日常の「なんでだろう?」を一行メモにしてみる
難しく考えず、心に引っかかったことをそのまま書いてみます。
・「どうして褒められると、逆に落ち着かなくなる人がいるんだろう」
・「混雑している場所なのに、なぜここだと安心感があるんだろう」
ポイントは、「正しい答え」を出そうとしないこと。
まずは、「問い」だけを集めるノートとして扱ってみてください。
SNS投稿を「完成した意見」ではなく「途中の仮説」として置いてみる
もしXなどで思ったことを書くときは、
・「こういうことって、ないでしょうか」
・「こうかもしれないし、違うかもしれないけれど、今はこんなふうに感じています」
といった一文を添えて、“仮のことば”として出してみるのも一つの方法です。
そうすることで、自分に対しても他者に対しても、
「これが唯一の正解です」という圧を少し弱めておくことができます。
他の人の投稿を「正しい/間違い」ではなく「別の視点」として眺めてみる
心理っぽい投稿を読んだとき、
・「これは絶対正しい」か「これは間違っている」か
だけで判断するのではなく、
・「自分は今までこう思っていたけれど、この人はこう捉えているんだな」
・「同じ出来事でも、こんな感じ方があるんだな」
という“視点のバリエーション”として眺めてみる練習をしてみてください。
そうすると、SNSそのものが、
・正解を巡って戦う場
から
・さまざまな素朴心理学が並んでいる資料集
のような感覚に、少しずつ変わっていくかもしれません。
ときどき、「専門家のことば」と照らし合わせてみる
素朴な気づきだけだと、どうしても偏りやすくなることもあります。
余裕のあるタイミングで、
・心理学の入門書
・信頼できる専門家の発信
などに触れてみると、
・自分が感じていたことが、理論や研究の中でどう扱われているか
・どこが似ていて、どこが違うのか
を確かめることができます。
ここで大事なのは、「どちらが上か」を決めることではなく、
・日常の感覚
・専門的な整理
その両方から、心の世界を見てみることです。
Summary
- 日常の「こうかな?ああかな?」と心の動きを推理する営みは、素朴心理学と呼ばれ、心理学の大事な入口になっている。
- SNSは、さまざまな人の素朴な気づきや仮説が行き交う「気づきの共有の場」として、研究や社会の理解の土台を豊かにする役割も持ちうる。
- 大切なのは、「素人だから」と考えることをやめてしまうことではなく、日常の問いを丁寧に扱いつつ、ときに専門的な視点とも照らし合わせていくこと。
今日からできる小さな一歩
- 日常の「なんでだろう?」を一行だけメモしてみる
- SNSで書くときは、「途中の仮説」として言葉を置いてみる
- 他者の投稿を「正しいかどうか」ではなく「別の視点」として眺めてみる
- ときどき、専門家のことばや本と照らし合わせて、自分の感覚を言葉で補強してみる
心理学を学んできた立場から選ぶ、
あなたへの書籍3選
ここからは、
「心理学の見方をもう少し深めてみたい」と感じた方に向けて、
関連する書籍3選を紹介します。
どれも、日常の「こうかな?」を大切にするための本です。
3冊のうち、今の自分に合いそうな1冊だけで大丈夫です。

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